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    東日本大震災支援交流プロジェクト第4弾・
いわき市立永崎小学校訪問報告

 1月29日、東日本大震災支援金と雲南省の協会支援校の子どもたちが描いてくれた激励メッセージを届けるため、福島県いわき市立永崎小学校(勝倉孝行校長)を訪問しました。当初は15日に伺う予定でしたが、前日の降雪で交通マヒに陥り、2週間遅れの実現となりました。

 永崎小学校は小名浜港から海沿いに北へ10分程の、太平洋に面した小さな学校です。夏には海水浴場となる海岸から学校までは、直線距離にして200mほどの近さ。今年開校140周年を迎え、現在は全校児童250名余りが学んでいます。

一行は早朝9時に平田会員の運転で協会事務局を出発しました
小名浜港から学校まではたったの200m。この静かな海が2年前、猛威を振いました

 約束の時間に学校へ到着すると、大槻貴教頭先生が駐車場に出て来てくれ、すぐに案内された校長室では、校長先生とともに、全校児童代表の5年生3人と担任先生が少し緊張しながらも笑顔で迎えてくれました。早速、「雲南省に暮らす少数民族の小学生が永崎小学校のみなさんに“加油!”と言っています。“加油”は日本語で“がんばれ!”の意味です」と激励メッセージを手渡すと、「“加油”って言うんですか」とすぐに覚えてくれ、メッセージに見入っていました。将来の夢などについて話しを聞いた後、元気な声で「ありがとうございました」と礼儀正しくお辞儀をして教室へ戻って行きました。

永崎小学校は創立140年目の歴史ある小学校
3人の児童が代表して雲南からのメッセージを受け取ってくれました

 校長先生、教頭先生は被災当時の写真を示しながら話してくれました。3月11日の地震発生時、学童保育に参加していた一部の児童を除いて、ほとんどの生徒は下校し、先生方は校舎2階の職員室にいました。そこに、津波警報が飛び込んで来て、先生方は学童保育の児童を引率して大急ぎで学校裏手の小山へ避難。その直後、学校の目の前を流れる小川を遡って津波が押し寄せ、海水は地上3m程の高さにまで吹き上がる勢いだったといいます。小川沿いに設置されているフェンスが学校側に大きく歪んでいる姿が津波の凄まじさを想像させます。

 津波はあっと言う間に校舎1階の床上120cmほどを完全に飲み込みました。その力は、外に停めてあった校長先生の車を廊下の奥にまで押し込むほどで、教室も事務室も校長室もメチャメチャに破壊されました。幸いなことに、児童も学校関係者も全員無事に逃げ延びることができましたが、地域のお年寄り数人が犠牲となりました。

 翌日から先生方は児童の安否確認、瓦礫の撤去、教室の復元に追われました。その結果、学校はなんとか元の姿に戻りましたが、子どもたちが目と耳と肌で感じた地震と津波の恐怖は計り知ることができません。今でも「余震があると怯える児童がいます」と教頭先生。毎週カウンセラーが来校して子どもたちの心のケアに細心の注意を払っているそうです。大震災からもうすぐ2年。この間に国内はもとより世界各地から励ましのメッセージが学校に届きました。校長先生は「今日頂戴した支援金は子どもたちのために有意義に使わせて頂きます」と感謝の言葉とともにわれわれを見送ってくださいました。

勝倉校長先生(右)と大槻教頭先生。311当日の様子をお話くださいました
児童に犠牲は出なかったものの、学校は津波による甚大な被害を被りました
凄まじい水の猛威は、今でも子どもたちの心に深い傷を残しています
雲南や日本の皆さんの善意で、少しでも子どもたちを励ますことができますように!

 訪問を終えて海岸に出てみると、東京近郊では見ることのない真っ青な海が広がっていました。永崎小学校の子どもたちの多くはきっとこの海で楽しい思い出をたくさん作ったに違いありません。砂浜を元気に走り回る子どもたちの姿が午後の日差しの中に浮かんで見えました。

報告=平田栄一(協会会員/昆明特命支部長)


【協会代表訪問者】初鹿野惠蘭理事長、近藤釼一名古屋支部長、佐々木英介会員、木本一彰会員、平田栄一会員(当日車をご提供くださいました)

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  更新日: 2013年2月18日 16:35 copyright