|
 |
 |
 |
過去の昆明事務局ニュース |
| |
|
|
長寿世界2位に躍り出た香港 |
今年初め香港住民の平均寿命が前年の日本の統計を抜いて世界一になったニュースを見て正直びっくりした。改めて最新の統計を見ても日本と一、二を争う長寿だが香港に住む日本人に聞いても誰も信じてくれない。
香港へは40年近く頻繁に訪れ、6−7年前には二年ほど香港や周辺地区で過ごした。一年ぶりに訪れて、永い昆明生活で忘れていた身体に汗がどっと噴出してきて、やっぱりそこは香港だった。何時もの事ながら、四季如春、春城として知られる昆明の過ごし易さが思い知らされる。
しかし香港の街や公園を歩いてみると確かにこの街は変わったし、成熟した都会の雰囲気が漂っている。タバコの吸殻だらけの汚い街から近代都市へと生まれ変わったのは随分昔のことだが、街の姿だけでなく医療機関や住民本位の社会の整備もいろいろと気付かされる。住民の所得も上がり若者も以前より洗練されて見えるのも、田舎町昆明から来た僻みだけではないようだ。
九龍公園を歩いてもここ数年で見違えるほど整備が進んだ。すぐ周辺は摩天楼の聳える市街の中心にありながら少し奥へ進むと都会の真ん中にいるのを忘れさせる。よく見ると薄暗い坂道の階段の縁には黄色のペンキで見易くされており、アルミ製の立派な手すりが張り巡らされている。設備だけでなくプールの入場料は一般成人のHK$19に対して60歳以上は学生や障害者と同じく半額以下の9ドルで利用できる。
交通機関も地下鉄など公共の乗り物が65歳以上では半額になった。経済の停滞や高齢化に伴い老人福祉が先送りされる日本とは逆に、香港の方が住み易い社会作りに着々と手を打っていると実感できる。
中国本土の平均寿命はまだ世界の50番目位に位置している。公園での太極拳、道路わきの体操器具、マージャンやトランプ遊びなどそれなりのゆとりは見て取れるが、医療保険問題や、経済、社会生活上の危険度はまだまだ高いままだ。これだけ人口が多いと農村、山間地区住民までとても手が届かない。その中で我々の教育支援活動も少しはその底上げに貢献し、それが他の地区や政府の施策の改善へと波及して行って欲しい。
香港から昆明へ戻ってやはりここは天国と実感する。厳しい暑さの周辺諸国から華僑の人たちがこの素晴らしい気候を慕って、老後の住まいを求めるのも当然だ。ここの住民の平均寿命など知る必要もないし、統計は統計、今しばらくはこの桃源の地で夢の生活を過ごしたい。
2007.05.26 昆明在住会員 雲南梦里
 |
 |
香港セントラル地区に立つ近代ビル群 |
 |
 |
熱帯樹木の九龍公園のすぐ回りは摩天楼聳える大都会 |
 |
 |
薄暗い公園の通路は整備が行き届き安全 |
昆明市体育館前 |
(関連昆明情報)
この春から突貫工事で、昆明市内の歩道は各地で一斉に改装され、盲人用の誘導タイルが付けられた。「何でやろ?」と思っていたら5月12日から20日まで昆明市で第7回全国障害者体育大会が開催された。
|
日本語学科交流 |
今日は久しぶりに雲南師範大学の日本語学科の教室へ出かけた。このクラスは師範大学で正式の日本語学科が出来て初めてのクラスで現在3年生、9月からは最上級の4年生となる。その前の2年前のクラスは日本語学科で入学したものの、正式の認可がでず、日本語は第二外国語として卒業していった経緯がある。
雲南大学では以前より一年おきに日本語学科が設置されているが、師範大学では彼等の後は毎年教室があり、2年生、1年生と日本語を学ぶ生徒が続いている。
一年生の時から偶にお邪魔してきたが、皆大分大人になった感じ、30名位はいたはずだがこの日授業に出たのは20人余り、これもやはり大人になった証拠だろうか。
彼等の進路や就職希望など質問したが、出来れば雲南省での希望が多数を占めるが日本からの進出企業も少なく、給与条件なども考慮して沿海州などを目指す生徒もいるようだ。具体的にはこれから学校の紹介、自分のコネで就職先を探し多くは8月から実習の形でそれぞれの職場へ巣立っていく事になる。
彼等、彼女達にははっきりとした進路に就いての計画まではまだ出来ていないようだ。希望賃金など3000元以上と言うが、現実はこの地は精々1500元前後が相場で、それはそれ充分承知もしているようだ。
彼女達の明るさから大学まで進み、教育を受けられる幸せな家庭環境を知らされる。
協会の教育支援は底辺の小学校さえもまともに通えない僻地の子供たちへの支援だが、いつか彼等にも同じように明るい未来が来るように願わずにはいられない。
協会が建設した小学校から大学へ進み、やがて又彼等が故郷に帰り教壇に立って教育に燃えて後輩の指導をする、その様な将来が来るように願っている。
同時に日本語を学び、言語以外にも日本の習慣、文化、社会に少なくとも触れ親しんでくれてきたこれ等日本語学科の生徒達が、将来の日中交流、日中友好の為に貢献する進路、日本との接点で働いてくれる様に願っていたい。
4月5日 昆明在住会員 南里 稔 |
春満開:「羅平」菜の花畑の旅 |
協会主催の今年春の旅行会は3月3〜4日の一泊二日で昆明から真東、貴州省に程近い羅平の菜の花畑を訪ねた。
当日朝小型旅遊車に10人の参加者が乗り込み、最近整備された高速道を走ること3時間余り、そこはもう満面黄色に包まれた花の海となった。聞く所によるとこの地域の菜の花畑は関東平野の広さに匹敵するとか、直ぐ3月7日は菜の花祭りが開催され、CCTVの中継撮影隊も入ると言う、正に春爛漫の中の旅となった。菜の花畑の中に点在する小山は恰も花の海に浮かぶ小島の様で、高台にあるお寺からの展望は左から右まで200度の広がりがあり、遠くの小山の連峰「十万大山」まで黄色の大海原が続いていた。参加者の中には既に5回目の人も居て、この時期限りの素晴らしさを満喫しカメラに収めていた。行く先々が花の海、見晴らしが良いと運転手に頼んで車を止めながら進んで行った。
この地は九龍河、多依河の豊かな水が古来の灌漑技術により利用されて蜂蜜、菜種油の獲り入れ後は、稲田としてお米の産地としても知られている。住民は古代稲作文明の創造者の一つと言われる布依族で、色鮮やかな花ご飯「五色米」はもち米を花の色素で染めたもので白の他、ピンク、ブルー、紫、黄色の見た目のきつさより自然のものだった。又魚も豊富で串刺しの大小不揃いの焼き魚も養殖では味わえない味覚だった。
実はこの最盛期ホテルも値上がりし予約も難しかったので、地元の民宿「農家楽」を利用する事にしていた。満室で四軒断られた後、幸い我々にぴったりの「套房」にめぐり合えた。中央にソファー、テレビ、DVDやマージャン設備の付いた広めのリビングが有り、周囲にベッド2つの小さい寝室4つと、3人部屋合わせて11人が泊まれた。運転手を含めて11人の我々が泊まるのに安上がりで格好の部屋だった。浮いたお金で帰りの道すがら名物のアヒルの丸焼きなど堪能して昆明へ戻った。
3月4日は旧暦1月15日「元宵節」の夜で、市内ではあちこちで打ち上げ花火や爆竹で賑わっていた。この日が終わると中国の春節祝いも終わり実戦モードに入る事になる。
3月5日 昆明在住会員 南里 稔
|
|
1月10日高田さんと友人二人と私は、黒風登山協会の黒風登山隊隊長率いる隊員2名(合計3名)一行は8:30分から昆明出発し、昆明と隣り合わせる安寧市に向かいました。
今回私たちが登る予定の山は安寧市内一番隅かにある黒風山です。黒風山は標高2717.5メートルで黒風山の発祥地でもあります。いろいろな登山コースがあり、今回初心者の私に気を使い、隊長は昆明〜安寧〜八街〜黒風山頂〜鬼水道〜小セイ(セイの字は、竹冠の下に青)口(村)〜安寧のコース(中レベル)を選んでくれました(有難いこと!)。
いよいよ登山が始まりました。緩やかな泥の坂道を1時間半歩き、ようやく山頂へ到達、この山頂は黒風山列の中で一番低い山頂ですが、それでも周りを見わたる景色はすばらしかったです。10分間休憩して少し歩いたら、谷へ下る道が急に細くなって、しかも傾斜角度60度ぐらいに変わり、その細い道を上ったり下ったりしながら原始森林に入り、落ち葉で埋められた細い道に「落とし穴はないよね」と心配しながら、恐る恐る足取りを取っていました。
そんな道を1時間かけて歩き、最後の休憩所に到着。ここで三十分休憩したら、いよいよ鬼の水道を目指して出発です。
谷へ下って20分たった頃、鬼の水道に着きました。水道の両側は岩壁になっていて、これから2時間の水中歩きが始まります。
前日、何も教えてもらっていない私は着替えもなくそのまま水に入るしかなく、隊長は若い隊員二人を私の面倒を見るようつけてくれました。
森林の中にあるこの川は、日が当たらないせいで透き通っているがすごく冷たく、すねの高さまある渓流を15分歩いたら、足の感覚がなくなって機械みたいに動いているだけでした。殆どの渓流は穏やかだけど、急な滝もあったり、水が急に深くなるので(胸あたりの深さ)、その時は川岸に足踏み場があれば手足を使って渡るか、踏み場がなければ一番深いところは隊員におぶってもらって通過するかの手段をとりました。
中でも一番大変なのは、水深が膝上を超えた所で、底が見えない、石が滑るなどで、危うく水に落ちること何回もあったことです。私の面倒を見てくれた二人の隊員には本当に感謝しています。
やっと陸へ上がったときには、ちょうど5時半だった。濡れた靴を履き替えるものがない私に、隊員の一人が自分の乾いている靴と靴下を渡してくれました。履き替えて私はズボンは濡れたまま、重い足取りで先を急ぎます。また下りと登りの繰り返し、もう限界かなと思った時に隊員に後10分歩けば車に乗れるところまで着くよっと励ましの言葉をもらいました。
この10分間は10年のように長いと思いながら、ついに終点に到着しました。(感激〜)
昆明事務所スタッフ 林娜
|
|
1月9日から大阪朝日テレビOBでジャーナリストの友人に同行して雲南の南部にある紅河哈尼族、彝族自治省に在る元陽の棚田及び少数民族風情の取材に4日間の旅に出かけた。この地では幾重にも連なる連峰の山々の行く先々に異なる棚田の景点が広がっている。ここに魅せられて一年中をこの地で過す日本人友人の案内で包車(貸切)した車に乗り込み、連日暗闇の中を出かけて日没後に山を下る生活だった。
この棚田を拓いた哈尼族はそもそも紀元前3〜4世紀に北方から河を渡り南下して移り住んで来た羌族がルーツと言われている。彼等は1000年以上をかけてこの僻地の連峰を開拓して稲作の為の棚田や茶畑を築き、紅河の谷から山の尾根まであたかも天に上る梯子のように各地に数百箇所の棚田を築いてきた。遠くから峰越えをして水路が開かれており、この時期冬の終りから早春にかけて満面の水を張る。朝日に輝く棚田の水面、夕日に染まる天空を映す幾何学模様の棚田など絶好の被写体だ。今日では海外の写真家に中国各地から高価なカメラを携え長期滞在する中国人富裕層も加わり、夜明けの太陽の日差し、湧き上がる雲の動き、茜に染まる棚田など飽きることなく追い続けている。
途中の日中にカニャン郷に回り地区ごとに巡回して開かれる地元少数民族の市場を垣間見た。子豚から親豚、鶏などの家畜から、農作物、繊維、各種電気器具、炊事食器、鍬や鎌などありとあらゆる物が道端一杯に溢れ、各々の民族衣装を身に付けた近在の少数民族の村々から集まった人々でごった返していた。一般の商店も殆どが十二支の干支に併せて12日に一回、6日に一回市が開かれ近在の人々が集まるこの日だけ開店するのが殆どで、自給自足の中で現金が動く数少ない機会でもある。
素朴な生活の中で我が家の収穫物を売りに出す人、お目当ての商品を探す人など一日だけの賑わいで溢れていた。
先祖から伝わる棚田を守り、自然の中で生きる人々、そこにはまだ家畜や作物を支えに自然の法則の中で素朴に生きる法則が息づいている。鶏も豚も牛も勝手に散歩して餌を啄ばみ、夜には自ら戻って来る。植物も動物もより人間と密着し、人間も自然の生き物の一種である事を思い知らされる。
我が家の鶏が産んだ卵をゆで、夜明けの撮影スポットで売り歩く、これはこの地の人々の唯一の現金収入でもある。学校が建てられても僅かな給食費が払えないため、学校へ行けない子供も多いと聞く。山岳少数民族の生活の場はまだまだ厳しくも有り、文明とは無縁の中で生涯を送るのかも知れない。
昆明在住会員 南里 稔
|
|
12月9日、昆明は今日も晴れ渡り気温は19度から下が8度、朝晩の冷え込みはありますが先ずは快適な気候です。春節を祝う中国ではまだ年の暮れの季節感は全く有りませんがそれはそれ、昆明在住の年配者中心に声をかけて忘年会を開催しました。
日本・雲南聯誼協会の会員15名を含め、日本商工会や留学生中心の一金会、その他お仕事、研究或いは悠々自適に昆明に暮らす皆さん約40名が参加され、白族料理を堪能する楽しい親睦会になりました。
今回は中国人ゲスト2人をお招きし、雲南師範大学の日本語学科主任の範先生からは昆明に於ける日本語教育事情など貴重なお話も伺うことができました。
そもそも2002年に昆明在住の年配者中心に春城朋友会を組織し年2回の会合を開いていましたが、SARSの流行、JAS便の停止、反日デモなどの影響もあって2年近く懇親会が途絶えていました。しかし最近は企業進出も徐々に増え、又定年後この地を慕って語学留学される方などあり活動も盛んになってきました。中国でも西南の奥地でまだまだ知名度は決して高くは有りませんが、雲南を目指して旅行、長期滞在、留学、企業進出して来られる方も増え、日本からの直行便も再開されました。
日本・雲南聯誼協会、昆明事務局は学校建設など教育支援活動の他、会員の皆様、或いは雲南にご興味の有る皆さんの相談窓口として、ご利用いただけます。私自身協会会員としてのボランティア活動のほか日本商工会、一金会にも所属して広範囲なお付き合いをさせていただいています。協会は教育支援を柱にしていますが根本は日中、日本雲南間の民間交流であり、文化或いは人的交
流、企業等進出の窓口として国の垣根を越えて友好関係を結ぶ為にあると思っています。
一寸堅い話になりましたが、今回の忘年会は協会会員に限らず、いろんな方面で活躍されている皆さんの合同の集まりとして呼びかけて開催したものです。当然狭い昆明に住む日本の方々の間には何ら垣根は有りません、情報交換、互助活動も自然に培われています。雲南にご興味ある日本の皆さんには安心して私たちの春城へお出かけ下さい。
忘年会の最後は全員が唱歌「ふるさと」を♪ウサギ追いしかのやまー♪と声高らかに合唱し春城朋友会の発展を祈ってお開きとなった。
昆明在住会員 南里 稔
|
|
昆明事務所に新しいスタッフ鄒(ツオゥ)建平さんを迎えました。作文、絵描き、編み物の得意な小柄で笑顔の素敵な女性です。 今後楽しいスケッチと記事で、私たちの知らない雲南紹介のたよりも届けられると期待しています。
日本語はまだできませんが、昆明事務所へお越しの節は是非『ニーハオ』と声をかけて下さい。
新しい仲間の鄒さんと、南里事務局局長
鄒さんからのご挨拶
ニイハオ!私は昆明で生まれ育った昆明人で、今年の9月から日本・雲南聯誼協会で働くことになりました鄒建平です。
東京事務局・昆明事務所の職員の中で私は一番年上ですが、仕事にがんばる意欲は若い皆に負けないつもりです。私が一番得意としているのは絵を描くことです。雲南省で開催された絵の展示会にも出品したことがあります。その得意技を生かして、一般企業で広告やチラシの設計をやってきました。
また、文書を書くのも好きで、国内発行の新聞、雑誌にいろいろな投稿もしています。恥ずかしながらちゃんと掲載してくれるとやっぱりうれしいです。来年の1月に私が書いた「新概念鈎編」(新しい理念で編みもの)を全国で発売することになります。編み物に興味のある方はぜひ御覧になってください。
細かい手作業が好きな私の日本・雲南聯誼協会に入ってからの一番の目標は、絵と写真と記事を交えて少しずつ皆様に雲南省をまとう神秘のヴェールを取り除いてゆくことです。どうぞご期待くださいませ。
どうぞご期待くださいませ。
2006.11.22. |
|
■日本の伝統文化が繋げる友好の架け橋
10月15日に昆明藤沢友誼館に於いて、日本国際交流基金による雲南・日本友好の交流会「桜花の旅」が開催されました。当日10時の開会時には150名以上が集まり、4時の閉会まで約300人の入場者が会場に溢れる盛況でした。

会場となった藤沢友誼館の朝
|
|

開会を待つ入場者 |

盛況の会場室内 |
|

着物、浴衣着付け経験の中国人学生達 |
当日は日本・雲南聯誼協会会員を含めた昆明在住「一金会」の方々も大凧の製作展示、竹とんぼ、駒回し、剣玉、羽子板、おはじき、めんこ、だるま落とし、万華鏡など日本の伝統遊戯の説明に当たりました。 中でも増田陽一会員は食事担当を請け負われ、300人以上の胃袋を賄う『鳥ご飯』の炊き出しに前日から活躍されて、一番のご苦労でした。
お茶会、着物、浴衣会場は一日中中国人学生で溢れ、日本情緒の体験に大喜びの一日でした。これ等活動、身近な交流の積み重ねにより、特に若い世代の日本理解が進み、友好の絆が築ける様念願する一日でした。
2006年10月15日
昆明事務局局長 南里 稔 |
|
■昆明在住会員と行く、雲南の旅
昆明在住の協会関係者を中心に9月16・17日と一泊二日の親睦旅行会を開催した。一行13名が市内中心のホテル駐車場に定刻午前10時前には全員が揃って、小型バスに乗り込んで目的地のリゾート施設、撫仙湖湖畔の澄江「東風度暇村」へ向かった。
この湖は雲南省で1番、中国で3番目に深い湖で、平均87m、最高157m有り、水量では雲南で一番面積の大きい"テン池"の12倍も有ると言われている。しかも水深7m以下の魚がはっきり見えるほど透通った綺麗な水で、夏の間は水泳を楽しむ観光客で賑わう所だ。
当日は生憎小雨の降り続く天気で、折角の水遊びも儘ならぬ中、陽光海岸から手漕ぎの小船に揺られて湖に浮かぶ小島、弧山島へ渡った。島の小高い山の上には小さなお寺や見晴らし台の亭子が有ったが、湖岸を回る道は水面すれすれで帰りの通路は完全に水の中に沈んでいて引き返して険しい山道を通った。半ば水に沈みかけた休憩所の小さな亭子の様子を見ていて、湖水の中に眠る1800年前の古城の話を思い出した。ここでは更に深い所に6000年前の古城も沈んでいるとも言われており、それらが解明されれば世界の文明発祥の歴史が塗り替えられる可能性すら秘めている。

澄江の澄み切った湖を船で行く
|
|

弧山島に小さなお寺や亭屋が |
湖の水温は意外に高くて泳ぎを楽しむ観光客が朝食前から水に入っていた。次回は「晴天の夏の日に、透通った水の中を思いっきり泳ぎ、湖畔でのんびりと過ごしたいな」と少し未練を残した旅ではあった。
今回の本来の目的は普段中々時間の取れない昆明在住の皆さんの親睦の機会を持つことであった。メンバーの中には日本料理店の経営者、師範大学体育学部の中国人女性助教授、留学しながら歴史を研究されている人や写真が趣味の人、何処にも籍をおかず温泉めぐりが趣味の人、語学留学間もなくでひたすら勉強漬けの人など多士多才だった。これら長期の滞在者と新しく昆明へ来られた方なども含めてこれを機会に親交を深め、情報交換や生活の上の相談など異国での生活が少しでも充実したものになる様に願っています。
同時に今後、雲南昆明へ留学、長期滞在、ビジネス進出など計画される人たちの良き相談相手として私たち昆明在住者、日本・雲南聯誼協会事務所が有ります。ご相談、問い合わせや諸々の手配などご遠慮なく協会の東京事務所を通してご連絡下さい。

春城の仲間たちとともに
|
|

楽しい買い物の様子
|
雲南は万年雪の積もる高山から、熱帯雨林の南まで一年を通して楽しい旅行先が一杯です。その中で昆明は海抜1890mの爽やかな高原地帯にあり一年中春の気候「春城」と称されます。今後機会有るごとにこちらの情報を「春城便り」に乗せてお知らせ致します。
特に語学留学の為の学校情報、住まいや食事などの生活情報など具体的な話題を今後お伝えして行きたいと思っています。
これ等を通してこれから多くの方々が安心して春城の仲間に加わり、素晴らしいコミュニティーができるように念願しています。
2006年9月18日
昆明事務局局長 南里 稔 |
|
■協会メンバー昆明にて大集合!
8月21日、昆明事務所で協会メンバーが大集合しました!
いつもの事務局スタッフの加え、新しく入会してくださった昆明滞在の橋川さんと岡田さん、14日より小学校視察で雲南を訪れている東京事務所の七田、20日に昆明入りした初鹿野理事長、当協会会員の初鹿野道子さんとお嬢様のさやかさん、理事長の“老朋友”である雲南省物管の劉さん。皆さんと協会についてや、中国での暮らし、日本の猛暑など沢山お話しができました。日本では夏休みの時期でもあり、沢山のお客様を迎えることができてとても嬉しい一日でした。
同じ日の昼、七田と林が小学校視察先の一つ、雲南省北部の昭通から戻ったばかり。お土産持ち帰った昭通名産品のりんごも、丁度皆さんにお分けすることができました。初鹿野道子さんも日本からお土産を持ってきてくださり、とても楽しい時間となりました。
それぞれ充実した雲南滞在であるといいですね。
皆さんも、昆明にいらした時は是非事務局にお寄り下さい!
|
協会メンバーが事務局に大集合!
|

会員の皆さまとの賑やかな食事の席 |
|
今日は沢山の方が昆明事務局にいらしてくださいました。
昆明で旅行・留学中の小出会員、氏家会員、そして新しく会員になってくださった温水さん、協会理事の桂正徳さん、理事長のお姉さんのメイランさんとお友達の張さん。沢山の皆さんに囲まれて、とても賑やかな一日でした。
昆明でも入会してくださる方やこちらにいらした際に事務局に来てくださる方、様々な皆様に支えられてるな、と実感しました。
また桂理事、昆明事務局スタッフが、メイランさんの引き合わせでご親戚、ご友人の皆さんの食事会にご招待を受けました。西山区政府の中にあるレストランでの食事では、カナダ在住のメイランさんのご親戚や協会がかねてよりお世話になっている税関の謝さん、延安病院救急担当の周さんらと会うことができました。中国語と英語、日本語の交ざった賑やかな夕食でした。現在雲南はきのこの美味しい季節。ジゾン菌や牛肝菌、松茸を使ったきのこ料理も頂きました!
皆さんも昆明にいらっしゃる機会があれば是非事務局までいらしてください。
|

小出会員(中央)と一緒に
|

桂理事、美蘭さんと
|

昆明市西山区政府の中にある
レストランにて皆さまと
|
|
| |
2006年7月22日、雲南省東北部にある塩津という地域で、M5.1の
地震が発生しました。日本・雲南聯誼協会の支援校は、この地域には建設さ
れていませんが、同じ雲南省の中で起きた地震のため、皆さまにご報告しま
す。
詳細は「人民網-日本語版-」の記事をご覧ください。 |
|
|
|

氏家会員と昆明事務局スタッフ |
仙台からご旅行と中国語短期留学にいらしている氏家孝さんご夫妻が昆明事務局を訪ねてくださいました。
氏家さんご夫妻は雲南は2回目でらっしゃるとのこと。今回は雲南、チベット旅行をはさみ、一ヶ月程の滞在だそうです。
また、雲南の子供達のためにノート600冊、鉛筆400本、消しゴム90個、ボール17個を寄付していただきました。そして、ご自身とお知り合いの方々で集めていただいた文房具も頂きました。氏家さんご夫妻、ご協力いただいた皆さんに深く感謝申し上げます。
皆さんの暖かいご支援を基に、雲南の子供達の応援すべくこれからも精力的に活動していきたいと思います。
ありがとうございました。
|

文房具の寄付をいただきました |
|
|
|
|
|
|