NPO法人 日本・雲南聯誼協会

 

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交流活動
2011年11月30日

東日本大震災支援交流プロジェクト第3弾!

南相馬市金房小学校・鳩原小学校訪問報告

東日本大震災支援交流プロジェクト第3弾!南相馬市の2小学校を訪問

 


「東日本大震災支援交流プロジェクト」第3弾として当協会の有志一行が11月30日、福島県南相馬市のプレハブ仮校舎での生活を余儀なくされている金房(かなぶさ)小学校、鳩原(はつぱら)小学校を訪問、みなさんから寄せられた支援金、雲南の子供たちが書いた絵と励ましのメッセージ、友好団体「日パ・ウェルフェア・アソシエーション」からお預かりしたサッカーボール19個を贈呈して来ました。

訪問先の両校は、福島第一原発から20キロ圏内で立ち入り禁止の「警戒区域」にあるため、現在は圏外にある鹿島小に作られた仮設教室で授業を行っています。南相馬市では警戒区域のほか、放射線量が基準値(年間の積算線量が20ミリシーベルト)を超えると推定される「ホットスポット」として市内20地点、22世帯が11月25日に政府の特定避難勧奨地点に追加指定されたばかり。11月30日現在、142地点、153世帯が特定避難勧奨地点に指定され、市内の妊婦さんには線量計が無料で貸し出されるなど住民の方々は今なお、放射能汚染の恐怖にさらされています。

左から初鹿野理事長、近藤支部長、佐伯会員、佐々木会員。皆様を代表して支援金とメッセージをお届けします!
南相馬への車中から。田畑に打ち上げられた小型漁船は放置されたままです

 

一行が仙台から現地へ移動する途中の車窓からは、津波による塩害に加え、一部の農作物から放射性物質セシウムが検出された影響からか作付けされていない寒々とした田畑が広がっていました。ところどころに「仮設住宅」の看板が立ち、海岸から田畑に打ち上げられた小型漁船が今もあちこちに放置されたまま。また、放射能汚染を避けるためか、行きかう車両に比べて道を歩いている人影が極端に少なく、不便を強いられている現地の生活が垣間見えました。

一行はまず南相馬市役所に青木紀男教育長を表敬訪問。青木教育長の説明によると、南相馬市では地震・津波のため両親をなくした児童生徒が4人、片親をなくした児童生徒は59人、うち小学生は22人に上るそうです。金房小、鳩原小の両校は警戒区域に立地しているため、自由に立ち入ることはできません。子供たちは半分以上がほかの地区へ転出したままで、小さい子供ほど戻ってないそうです。

小学校訪問に先立ち、南相馬市役所にて青木教育長から被害状況の説明を受けました
市教育委員会の小林総一郎事務局長のご案内で、津波の被害を受けた真野小学校を視察

 

今回の訪問先、金房小、鳩原小の仮校舎は鹿島小校舎のお隣。生徒数は金房小26人、鳩原小19人の計45人。先生は両校で計19人。プレハブ校舎にすのこを敷き詰めた渡り廊下、仮設トイレという環境です。教室の窓にはどの小学校の何年生の教室かが書かれた紙が貼ってあります。鳩原小の箭内(やない)晴好校長によれば10月にようやく今の仮校舎に引っ越してきたそうです。

それまではほかの小学校の同学年の授業に同席する形だったため、現在は「子供たちもだんだん自分たちの学校、教室という気持ちになってきて、明るさ、自分らしさを出し始めました」とのことです。戻ってきていない生徒がいる一方で、先生にとっては目を配りやすくなっており、箭内校長は「ユニット校舎の強みを生かしてがんばりましょう」と呼びかけるなど、あくまで前向きな姿勢で取り組まれているのが印象的でした。

こちらが鹿島小敷地内にある金房・鳩原両小学校の仮設校舎。教室も職員室もこのプレハブにあります
トイレも仮設で廊下はすのこ。他小学校は新設校舎に移りましたが、金房・鳩原の2校だけはこの仮設校舎で冬を越します
2校の学年ごとに教室が割り振られています。こちらは鳩原の3年生の教室
10月末には、警戒区域内にある本来の校舎への一時立ち入りが許可されたそうです

贈呈式では、雲南の友達からのメッセージと、当協会の友好団体でパキスタンを支援する日パ・ウェルフェア・アソシエーション(NWA)様よりお預かりしたサッカーボール19個を子供たちに。初鹿野理事長は「今回、皆さんに中国の同じ年代の子供たちの気持ちを伝えにきました。がんばって勉強して、社会の役にたってください」と挨拶。ボールを受け取った金房小6年の山崎知愛さんら6人は笑顔で将来の夢を「郵便局の人になりたい」「プロ野球選手」「保育園の先生」「幼稚園の先生」などと答えてくれました。

その後の箭内校長、金房小の山邊彰一校長との懇談では、元教諭の近藤名古屋支部長が「3年前まで現場にいましたので、先生方は大変なご苦労をされたろうと思います」と話すと、山邊校長は「先生たちは自分自身も被災した中、3月、4月は生徒の所在確認だけでも大変でした。今も戻ってくるかどうか悩まれている親御さんがたくさんいて、放射線がもう少し低くなるまで待ちたいなどさまざまです」と、放射能汚染に今後どう対応していくのか、関係者が苦慮されている現状が伝わってきました。

子供たちの様子については、山邊校長が「どの学年もエネルギー、元気はあります」と頼もしいお答え。箭内校長も「子供たちは廊下を走るようになりました」と指摘、初鹿野理事長も「子供たちが精神的に落ち着いてきたのは安心です」と安堵の表情。とはいうものの、すのこの渡り廊下は雨や雪が降ると滑りやすくなるので「この先の冬が心配です」とのことでした。

ただ、時間が経過しても突然記憶がよみがえるフラッシュバック現象を起こし、泣いている児童の報告も受けているとのことで、先生方は気を緩められない状況です。先生方は子供たちの心のケアのために研修を受けに行ったりもしているそうです。両校は子供たちを元気づける活動の一環として、近く「学習発表会」や「運動会」を計画しており、校長お二人も「子供たち中心の活動をようやく計画できるようになった」と喜んでおられました。

児童代表の6人に、初鹿野理事長が雲南の子どもたちからのメッセージを紹介しました
「你好(こんにちは)」「加油(がんばれ)」をすぐに覚えた子どもたち。取材するのは本レポートをくださった協会木本会員
鳩原小箭内校長と金房小渡邊校長に教育支援金50万円をお渡ししました
NWAからパキスタンの皆さんのメッセージと共に贈られたサッカーボールに子どもたちも大喜び!


交流プロジェクト第2弾の宮城県亘理町長瀞小訪問にも参加した佐伯会員からは「あちこち見た中では、復興への取り組みがかなり進んでいる方だと思う」と話すと、山邊校長は「避難区域内に学校があるため、設備を持ち出せない。机やいすを寄付してもらったり、子供たちのロッカーがカラーボックスだったりする。子供たちは書棚を欲しがっているし、水道やトイレの問題もある」と、今後に向けた環境整備の課題を紹介してくれました。

 

初鹿野理事長が、壁新聞による子供同士の交流を協会が行っていることも紹介、「異国の友達が何を食べ、何を考えているか理解することもできます」と話すと、山邊校長は雲南省について「最近ではマラソンの選手などが合宿にいっているので、名前を耳にするようになりました」と、雲南省を身近に感じている様子で、交流についても積極的に取り組みたい意向を示されました。

協会がこれまで支援を行った第1弾第2弾の交流プロジェクトと違い、金房小、鳩原小のある南相馬市ではいつ終わるとも知れない放射能汚染の恐怖が今も続いていました。生徒たちが自由に校庭を走り回れず、廊下を走る姿に「本当は走りたいんだろうなあと思います」という先生の言葉に心が痛みます。これからも続くであろう不自由な生活の中、子供たちが当協会の活動を通じて少しでも元気になってくれれば、と思わずにはいられませんでした。

 

報告=木本一彰(協会会員/協会翻訳室室長)



【協会代表訪問者】初鹿野惠蘭理事長、近藤釼一名古屋支部長、佐々木英介会員、木本一彰会員、佐伯義博会員(仙台在住/当日車をご提供くださいました)

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